よかとこ「名所・観光地」
あなたのまだ知らない美しい佐賀があります。
ふるさと自慢の
名所・観光地を紹介しています。
今回は、「虹の松原」浜玉町です。
虹の松原<佐賀県浜玉町>
万葉のふるさと
虹の松原<佐賀県浜玉町>


虹の松原-歴史タイトル
虹の松原-クロマツ
虹の松原-日本の道百選
 虹の松原は、幅400~700m、長さ約4km、総面積約240haにわたる、通称100万本のクロマツを中心とした松林です。
 今からおよそ360年前の江戸時代初期に、時の藩主寺沢志摩守廣高が後背地の新田開発などのための防風、防砂、防潮林として植林をしたのが始まりといわれています。
 幕藩時代には、「二里の松原」「御松原」と呼ばれていましたが明治30年代頃から「虹の松原」と呼ばれるようになりました。
 現在では松原の中央を国道202号線が東西に通っており、観光名所として年間を通して全国から多くの観光客が訪れ、両側から張り出した松の枝によって造られた自然のトンネルが、多くの人に感動を与え、また絶賛を受けています。
 近年、マツクイムシ等の被害により、若干樹勢の衰えた大木もみられ、その原因の究明あるいは薬剤散布等、懸命の保護措置が講じられております。
 昭和30年に「特別名勝」に指定されています。また、昭和58年「日本の自然百選」「日本の名勝百選」となり、昭和62年には「日本の道百選」にも選ばれています。
 鏡山や魚見台公園から展望した、海、砂浜、松原とが織り成す紺碧・白・緑の自然のコントラストは絶景で、日本三代松原の一つといわれています。


虹の松原-佐用姫伝説タイトル
虹の松原-佐用姫伝説

 浜玉町に伝わる哀しい恋のものがたり、佐用姫伝説をご存じでしょうか。それは遠い遠い昔のこと。大和朝廷は朝鮮半島の任那・百済の国に援軍を出すため、大伴狭手彦という若い武将をこの地に送りました。そして地元の豪族の娘、佐用姫と恋におちます。しかし、狭手彦は軍とともに出発しなくてはいけません、いよいよその日、別れが悲しくてたまらない佐用姫は、人目をはばからずに泣きました。船は次第に遠くなっていきます。姫は後ろの山へ駆け昇り、領布を振りました。この布を振れば念願がかなうとされていたのです。この山が現在の鏡山、別名で領巾振山とも呼ばれるゆえんです。「帰ってきて戦になんか行かないで…!」船はもう見えなくなってしまいました。姫は七日七晩泣き続け、悲しみのあまり石になってしまったのです。



虹の松原-その他の名所タイトル
* 虹の松原-その他の名所タイトル鏡山
山頂まで車で登れ、眼下に名勝虹の松原や浜玉町の田園地帯、さらには遠く玄海灘に浮かぶ島々など素晴らしい景色を眺めることができます。佐用姫が船出する恋人を慕って衣の領巾(ひれ)を振り続けた伝説から領巾振山とも呼ばれています。
* 虹の松原-その他の名所浜崎海水浴場
延々と続く白い砂浜、虹の松原を眺める海岸線など、美しさは格別。遠浅で水質の良さが知られ、夏には大勢の人が訪れる海水浴場となります。



虹の松原-アクセスタイトル
国の特別名勝「虹の松原」は、東の玉島川から西の松浦川に横たわる長さ約4キロの白砂青松ラインです。
 玄海国定公園の白眉としてだけでなく、日本一の松原としての名声も高く、その自然環境は他に比類のないほどと称賛されています。その環境に抱かれているのが、ふるさと浜玉町の恵まれた存在です。


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